池田義雄(セルフメディケーション推進協議会会長)
3. 「たばこ病」からの解放を目指して
禁煙を果たしたSさん
このような結果をみると、たばこを吸いながらも「たばこはからだによくない」、「キッパリやめるべきなんだ」という思いを抱いている人はもっと多数に上り、おそらくごく一部の狂信的なスモーカーを除けば、9割方はたばこと縁を切りたいと願っているに相違ありません。
「たばこ顔」のSさん
喫煙者の病気を多く診ている医師は、患者の顔つきを見ただけで喫煙者かどうかの判断ができると言っています。これを象徴する言葉が「たばこ顔」(スモーカーズ・フェース)です。典型的なのは顔全体の皮膚に細かな皺があり、頬がこけてたるみがあり、鼻の脇から口元にかけて線状の皺が深くみられるというものです。これは、同年齢層を比較した場合において顕著です。Sさん(56歳、男性)は、このような「たばこ顔」を呈しつつ慢性的な咳、痰があり、最近は階段昇降時の息切れをも感じているということです。Sさんは、会社の補助で受けた人間ドッグにおいて、10年前から呼吸機能の低下を指摘されていました。
この検査はスパイロメーターという機器で行われます。Sさんの肺活量は3700mlと基準の範囲ではありましたが、努力肺活量は2000mlと低値で、かつ最初の1秒間に吐き出される量(1秒量)も50%ぎりぎりで、基準範囲である70%を大きく下回っていました。
これらの成績は、Sさんの肺機能が慢性的な閉塞状態、すなわち慢性閉塞性肺疾患(COPD)に至っていることを示すものです。原因が長期に及んでいる喫煙にあることは明らかで、ドック担当の指導医から強く禁煙を指導され、Sさんもここにきてようやく禁煙に踏み切る決意を固めたということでした。
「たばこ病」としてのCOPDの怖さ
「たばこ病」が始まっているかどうかを知る目安としてブリックマン指数が広く用いられています。この指数は、[喫煙年数×1日の平均喫煙本数] で表されます。Sさんの平均喫煙本数は30本/日、喫煙年数が20年余ということですので、この指数は600余になります。一般にこの指数が400を超えるあたりから肺癌など癌のリスクが高まること、動脈硬化による心臓病にも影響が及ぶこと、そして今、Sさんが経験している慢性の呼吸器疾患も有意に増えてくるとされています。長期間にわたる喫煙は、太い気管支から細い気管支、そしてその先端部にある肺胞に慢性的な炎症を引き起こします。この状態でみられる症状は慢性的な咳や痰、そして体動時の息切れ、呼吸困難などです。この病状こそは慢性気管支炎から、肺気腫に至っていることを意味します。これを部位別にみますと、気管支では壁が肥厚し、肺胞ではその弾力性が失われてしまった状態だと言えます。
世界保健機関(WHO)の推計によると、世界中では約6億人がこの病気に悩んでいて、毎年300万人以上が亡くなっているとしています。死亡原因では癌、動脈硬化に次いで第3位に浮上していることは注目されねばなりません。今わが国でも「たばこ病」による死亡者は年間10万人で、Sさんもこの予備軍の1人だということになります。
禁煙対策でとられた工夫の数々
Sさんが禁煙行動に踏み切った最大の動機付けは、近未来における自分の姿でした。それはドックの指導医が語った「今、COPDと診断された人の多くは、やがて家の中でも外出する際にも常に酸素ボンベを携えていなければならなくなるんですよ」の一言でした。もう1つ、Sさんには仕事の関係で米国東海岸への出張が目前に迫っていたということもありました。機内はもちろんのこと、ニューヨーク市内での喫煙制限の厳しさにはこれまでもほとほと困っていたということから、今度こそは完全禁煙で快適出張にしたいという思いも禁煙に踏み切らせるきっかけとなったことでした。
Sさんの禁煙スタート日は、今年の1月5日。まだ数本残っていたたばこも、愛用していた灰皿も、あえてそのままの状態にしておきました。これは吸いたいという誘惑への挑戦のしるしでした。そして奥さんと会社に勤めている娘さんにきっぱりと断煙を宣言し、50日毎に吸ったつもりのたばこ代を娘さんに手渡し、その際、額にキスをしてもらうというご褒美付きとしました。
本当に辛かったのは最初の3日間だったとSさんは述懐しています。Sさんは指導医からの話でニコチンガムやニコチンパッチのあることを知っていました。一時これを処方してもらおうという強い思いにかられましたが、「代替物を求めては駄目ですよ。喫煙者にとってたばこに勝る代替物は絶対にありませんからね。禁煙には強い意志のみで、もし吸いたくなったら無味無臭のペットボトル入り水を1、2口、瞑想しつつ飲むことです」というアドバイスを信じ、ニコチン補完薬の処方をしてもらうことはキッパリと内心で拒絶したということです。
断煙から3カ月、Sさんの呼吸は楽になってきています。早朝の大量喀痰も明らかに減っています。50回目の「ごとう日」を過ぎた頃、部屋に残されていたたばこも灰皿も、奥さんの手によって何処かへ持ち去られました。受動喫煙をさせられる立場にあった奥さんも娘さんも、今は心からハッピーな気持ちでいます。
たばこは習慣が吸わせ、それがニコチン中毒につながり、やがて全身に「たばこ病」をもたらします。Sさんは、長い道のりではありましたが、知性と自制と勇気をもって、この悪習から離脱し得たことは、まさに自分の健康は自分でケアするというセルフメディケーションのお陰だったと言えます。
2005年09月 掲載
■テーマ
1. 読み、書き、そろばん〜血圧管理2. 動いて、食べて、快眠管理
3. 「たばこ病」からの解放を目指して
4. 肥満の克服
5. 胃食道逆流症(GERD)
6. 脳卒中の予防
7. 長い道のりの糖尿病
8. 死の四重奏
9. 「6、7、8」で痛風予防
10. 男の更年期-原因と対策-
11. お口の健康・歯周病のセルフケア
12. 水虫を治す基本を知る
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14. 快便維持のためのお通じ対策
15. “NASH”新しいタイプの肝障害
16. 「飲酒病」からの脱却と糖尿病
17. セルフメディケーション時代の血糖自己測定(SMBG)
18. 糖尿病予備群、軽症糖尿病にも有用なSMUG(尿糖自己測定)