セルフメディケーションを実践のための200テーマ

池田義雄(セルフメディケーション推進協議会会長)

5. 胃食道逆流症(GERD)

頻繁に起きていた胸やけの原因?

 昭和30年代から40年代にかけて、私が卒業した慈恵医大の外科学教室は、消化性潰瘍、特に胃潰瘍の成因と、その治療法について精力的な研究をしていました。この研究で胃酸の分泌機構やこれと関連して胃潰瘍や十二指腸潰瘍の起こる仕組みが究明され、多くの成果を残してきましたが、ピロリ菌の発見や胃酸分泌を特異的に抑制する薬剤の開発などは、消化性潰瘍の外科療法を激減させ、潰瘍の治療に革命的な変化をもたらしてきました。

 こういう状況の中で外科学教室の関心は、徐々に胃・十二指腸から食道へと推移して現在に至っています。このような推移において、特に注目されているのが、胃食道逆流症(GERD=Gastroesophageal reflux disease)、通常「逆流症」、あるいは「逆流性食道炎」と呼ばれる病態です。

食道から胃への流れが逆になる

 Sさん(58歳、男性)は、食べても太れないという体質を気にして過ごしてきましたが、最近、以前にも増して少し食べすぎた際、あるいは夜間眼が覚めた時など、胸焼けを感じることが多くなっていました。そして、これ以外にも気になる症状として、風邪もひいていないのに喉の調子がおかしく、声がかすれたり、時には胸痛があるなど、狭心症が起こっているのかといった心配をしなければならないような状況もみられています。そこでかかりつけの医師の診察を受けることにしたということです。

 いろいろと検査を受けた結果わかったことは、食道の下部粘膜に軽度ではあるが、内視鏡検査にて炎症が認められるというものでした。胃・十二指腸には以前と同様、全く異常は見られませんでした。また胃液検査では、相変わらず胃酸の分泌が過剰気味になっていました。このようなことを踏まえて、症状と症候を加味した臨床診断は「逆流症」ということで、プロトンポンプ阻害剤の投与を受けることになりました。これによって胸焼けは無論のこと、他の不可解な症状もすべて軽快をみたことで安堵したということです。

 一般に逆流症の原因は大きく二つに分けることができます。その一つは内視鏡でみて食道の下部粘膜に炎症がみられる「逆流性食道炎」によっている場合と、このような所見がないのにもかかわらず逆流症としての症状がみられる場合です。

 Sさんの例は前者に合致しますが、いずれの場合も逆流症に伴う症状の発現には、食道から胃への粘液の流れが逆になることによっています。流れが逆になる、すなわち胃液を含めた内容物が胃の噴門部を経て下部食道に逆流することで、主たる症状としては胸焼けが、その他の症状としてはSさんが経験したように喉や気管、また頚部から胸部にかけて多彩なものがもたらされます。

なぜ逆流が起こるのか――その原因は一過性に下部食道の括約筋が弛緩することと、もう一つは食道の蠕動運動の低下により、食道内の粘液による食道粘膜の清掃(クリアランス)機能が低下することによるものとされています。このような機能の異常に伴って、胃酸を中心とする胃内容物の食道内への逆流が胸焼けを中心とした様々な症状を引き起こすことになります。

ピロリ菌の除去と逆流症の関係

 ところで、Sさんの胸焼け症状は40代半ばからみられています。そして胃の病気についてはいつも気に掛かっていたということです。このような状況から、すでに数年前の時点で人間ドックの際、胃カメラ検査にて、ピロリ菌の有無をも調べてもらっています。その結果、この検査は陽性と出ました。当時も今と同様、胃にも、また十二指腸にも何ら病変はありませんでした。しかし症状が見られているということから、担当医のすすめに従って抗生物質によるピロリ菌除去療法を受けました。

 一般的にピロリ菌の保有者では、長い経過の中で萎縮性胃炎がもたらされることが明らかにされています。この場合には胃酸分泌は低下します。胃酸分泌の低下した状態では、当然のことながら逆流症には罹りにくいということになります。こうしてみると、Sさんの場合は、以前行ったピロリ菌除去は胃潰瘍や胃がんのリスクを減らす上では大きなメリットになっている筈ですが、逆に逆流症については罹り易くなってしまっているという見方がなされます。

逆流症による症状の解消策

 逆流症の診断を受け、プロトンポンプ阻害薬の投与で症状の緩解をみたSさんは今、薬に頼ることなく胸焼けなどの症状を解消させるためにはどうしたらよいのかを勉強中です。

 このように自分の病気や症状について学習することは、正しいセルフメディケーションを進める上で欠かすことができません。Sさんは、薬は長期に服用したくないという思いもあって、自らの生活、特に食生活を再点検し、食事と胸焼けなどの症状の出方を詳しく検討してみました。
 その結果、ご飯を中心にした食事を早食いした時、少々油っこいものを食べ過ぎた時、そして寝がけに果物やケーキ、菓子類などを食した時に、より強く胸焼け症状が出ることに気づきました。そこで、このような点に注意して、よく噛んでゆっくり食べる、油を使った料理は控えめにする、寝がけには物を食べない、ということをしっかり励行したところ、薬を飲まなくても胸焼けを起こす頻度が大幅に低下するという結果が得られています。

 以上はSさんの体験ですが、一般的な逆流症対策としては、食生活のほかには喫煙者では禁煙を、コルセットやガードルを用いている場合には、これの締め付けによる腹圧の上昇を避ける、長時間にわたる前かがみ姿勢の回避、お腹が出っ張るような肥満(内臓脂肪型肥満)の解消、便通を良好に保つなどへの配慮をしていくことが肝要です。

2005年11月 掲載
■テーマ
1. 読み、書き、そろばん〜血圧管理
2. 動いて、食べて、快眠管理
3. 「たばこ病」からの解放を目指して
4. 肥満の克服
5. 胃食道逆流症(GERD)
6. 脳卒中の予防
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