セルフメディケーションを実践のための200テーマ

池田義雄(セルフメディケーション推進協議会会長)

8. 死の四重奏

演奏をストップさせるための決め手

 弦楽四重奏には数々の名曲が知られています。弦楽四重奏で使用される楽器は、バイオリン、ビオラ、チェロです。この四重奏を弾く一番手は第一バイオリンで、曲の高音部を受け持ち、旋律をリードし、曲を華やかに彩ります。二番手の第二バイオリンは旋律に厚みや深みを加えたり、三番手のビオラとともに中音域を担当し、曲の雰囲気をコントロールします。そして四番手のチェロは低音部分を引き受けて、弦楽四重奏全体の土台作りを果たします。

 この弦楽四重奏をもじって「死の四重奏」を提言したのは、米国の医師カプランです。1989年、カプランは米国医学雑誌に、上半身肥満、耐糖能障害、高中性脂肪血症、高血圧の4つの症候が重なることで、心筋梗塞や脳梗塞など動脈硬化による病気への罹患が著しく高められることを報告しました。

演奏をリードする上半身肥満

 1962年、米国のニールは「エネルギー節約遺伝子説」を発表しています。当時はそれ程注目されませんでしたが、20年を経る頃から、この節約遺伝子説は大いに注目されるところとなりました。

 それは、肥満に関与する各種の遺伝子が明らかにされてきたことによります。現在よく知られている節約遺伝子としては、β3アドレナリン受容体遺伝子異常、脂肪細胞からの分泌が明らかにされ“レプチン”と名づけられた痩せをきたすホルモンの作用部位での遺伝子異常、あるいは脂肪細胞の分化促進に関与するPPARγ遺伝子の異常などがあります。

 いずれも消費するエネルギーを節約することで、飢餓におかれた際の対応がしやすい体質と密接にかかわっています。

 しかし豊富な食糧供給と自らの身体を動かさずとも生活ができるといった状況になった今日、節約遺伝子の働きは裏目に出て、多くの人を容易に肥満に至らしめています。そして上半身肥満の大半は内臓脂肪型肥満を呈し、「死の四重奏」の源流に位置づけられています。

 Bさん(55歳)は、20代前半166cmで65kgでした。しかし30代から40代へと体重は徐々に増加し、48歳では82kgに。ウエストサイズ(臍の位置)も80cm以下だったのが94cmまで増えて、典型的な上半身肥満を呈するに至っています。

 大手の建設会社で営業を担当しているBさんは仕事柄よく食べ、よく呑み、車が足代わりという生活を続けていました。そして40歳で受診した人間ドックでは肥満プラス空腹時血糖108mg/dL、中性脂肪240mg/dL、HDLコレステロール38mg/dL、血圧130/88mmHgと、それぞれ基準値の上限かそれを少し超えていることを指摘され、厳しく減量の必要性を指導されたことでした。

 節約遺伝子との関係からBさんの家系を眺めてみますと、まず母親に肥満と高血圧があること、3人兄弟の下の弟さんも、かなりの肥満を呈していること、そして母方の祖父が脳梗塞で亡くなっていること、また母方の祖母には糖尿病があり、こちらの死因は心筋梗塞だったなど、家系的にみて肥りやすく、かつ動脈硬化も進みやすいという特質が浮かび上がっています。

演奏を鼓舞する聴衆たち

 その後のBさんは熱心な担当医の指導にもかかわらず自己管理ができず、45歳の折には体重は80kgを超え、血糖値は118mg/dLと糖尿病予備軍の域に、中性脂肪も依然として250mg/dL、そしてHDLコレステロールは35mg/dLを切り、血圧も140/90mmHgを示し、「死の四重奏」が本格的に奏でられている状態に至っていました。
 このような状況は、Bさんの焼肉、ステーキ大好きという食生活、一日にビール大2本を欠かさないという常習飲酒、そして日々30本以上の喫煙、加えて一日の歩行数が5千歩に満たないという運動不足、これと仕事上のストレスとが相まって、Bさんを囲む環境はBさんの身体で始まっている「死の四重奏」の演奏を、さらに鼓舞する聴衆の役割を担うものとなったことでした。
ストップをかける「一無二少三多」

 47歳の折、寒い冬の朝、Bさんは胸痛発作に襲われました。丁度ネクタイの裏側に当たる部分で2〜3分間、胸が締め付けられるような苦しさを味わったのですが、これは誰に相談することも無く放置。そして1年後の冬、ほぼ同じ時間帯に再び胸痛発作に見舞われます。

 今回の痛みは和らぐことなく5分、10分と持続し、苦痛は極限に達し、奥さんと息子さんの手を借りて救急車での入院となりました。そこで直ちに心臓カテーテル検査が施行され心臓を取り巻く冠状動脈の一枝がほとんど閉塞状態にあることが明らかにされ、バイパス手術が施行されました。

 術後2年が経過し、現在Bさんの体重は当時よりも10kg減量され72kg、腹囲も85cmで、「死の四重奏」の第一バイオリンである上半身肥満は大幅に改善されています。「死の四重奏」を先導する節約遺伝子の絡んだ上半身肥満、特に内臓脂肪型肥満がその活動を弱めた結果、血糖値、中性脂肪、HDLコレステロール、血圧はいずれも危険域を脱して来ています。

 Bさんにおける「死の四重奏」は演奏のフィナーレの直前に、なんとかその演奏にブレーキをかけたわけですが、これは、現代医学の恩恵に浴したことにほかなりません。今、Bさんが行っている演奏ストップの決め手は過去のライフスタイルとの訣別を意味するセルフメディケーションです。これは文字通り、一無(禁煙)、二少(腹7.8分目の少食、1日缶ビール小1本の少酒)、三多(1日1万歩以上の多動、6時間以上の睡眠による多休、家族や同僚とのコミュニケーションをよくし、趣味としての建造物調査に励む多接)の実践となっています。

2006年02月 掲載
■テーマ
1. 読み、書き、そろばん〜血圧管理
2. 動いて、食べて、快眠管理
3. 「たばこ病」からの解放を目指して
4. 肥満の克服
5. 胃食道逆流症(GERD)
6. 脳卒中の予防
7. 長い道のりの糖尿病
8. 死の四重奏
9. 「6、7、8」で痛風予防
10. 男の更年期-原因と対策-
11. お口の健康・歯周病のセルフケア
12. 水虫を治す基本を知る
13. 骨粗鬆症? いつの間にか背たけが3センチ縮んだ!?
14. 快便維持のためのお通じ対策
15. “NASH”新しいタイプの肝障害
16. 「飲酒病」からの脱却と糖尿病
17. セルフメディケーション時代の血糖自己測定(SMBG)
18. 糖尿病予備群、軽症糖尿病にも有用なSMUG(尿糖自己測定)