セルフメディケーションを実践のための200テーマ

池田義雄(セルフメディケーション推進協議会会長)

11. お口の健康・歯周病のセルフケア

 私たちの歯は、健康な状態ならば「親知らず」を除いて、上下合わせて28本です。乳歯が抜けかえた後、この28本が食生活の原点となって活躍してくれます。

 歯はエナメル質でおおわれ、その硬さは抜群です。太古から人はこの歯をもって、食べられるものであれば、どんなに硬いものでも、これを噛み砕き栄養源としてきました。しかし昨今、硬いものを食べる食習慣が急減していて、歯が本来もっている機能が十分に生かされていない食生活が続いています。噛む回数が少なくてすむ食品の摂取は、本来多量に分泌さるべき唾液の量をも少なくし、これがお口の中の状態(口腔内環境)を悪くし、口内での細菌の繁殖を盛んにさせてしまいます。

 このような、お口の中の不衛生状態は、歯そのものが細菌でおかされる虫歯(う歯)と歯を支える歯肉など、歯周組織の破壊による歯槽膿漏(しそうのうろう/歯周病)を引き起こし、これらはいずれも「歯なし」(消失歯)を生み出すことになります。

思い当たることの数々

 Sさん(52歳、男性)はケーキの製造・販売を手がけています。父親から譲り受けたこのお店は、Sさんの時代に入って10店舗を超える支店を持つなど、優良中小企業として評価されています。

 美味しいケーキ作りには、試食が欠かせません。「これは職業病のようなものですよ」といって、お腹回りを両手でさするSさんの姿は典型的な肥満体です。ちなみに20代前半は170cmで60kg、体格指数(BMI=体重kg÷身長m÷身長m)はほぼ標準の21だったのが30代後半から肥り始め、現在は77kg、BMIは27と明らかな肥満を呈しています。血圧が高めで中性脂肪も高値だということから、医学的には「肥満症」と診断される状態です。

 加えて、Sさんの悩みは歯のトラブルです。商売柄、味見が命であるのにも関わらず、最近はその能力がとみに落ちたと感じています。その原因は、上下合わせて既に4本の歯を消失していることによります。20代は虫歯のために1本、そして40代に入って歯周病が原因で3本の歯を消失し、高いお金を払って義歯を装着してはいるものの、残っている歯の歯茎の状態は、主治医の歯科医の先生に言わせれば「いずれも風前のともし火」だとされているのは誠にショックなことです。

 このような結果を招いていることについてSさんの述懐は、1に歯磨きを怠っていたこと、2に絶え間なく甘いものを口にしていたこと、3に今は止めているけれども40代半ばまではヘビースモーカーであったこと、以上に加えて父親も母親も歯の性はよくなかったという体質的なものもある、ということでした。

口はわざわいのもとー歯周病の怖さー

 昔から“口はわざわいの元”といわれています。これの持つ本来の意味からは少々ずれはしますが、お口の衛生をおろそかにすることで多くのわざわいが人体に及んできます。
 歯周病は、口腔内細菌による慢性感染症だとして定義づけられます。その直接原因は、歯の表面にプラークがたまることから始まります。プラークとは、食べ物の中の糖分と口腔内の細菌とによって作られたものの状態を指し、中味の90%は細菌によって占められています。

 すなわち、プラークが歯の付け根の表面に溜まってくると、歯の周囲や、歯と歯の間の歯肉に炎症が起ってきます。この段階が歯肉炎といわれます。次いでプラークが歯石になり、歯石が大きくなってくると歯肉を支える歯根膜が障害され、歯肉溝がだんだんに深くなってきます。その結果、歯周ポケットが形成され、やがて歯槽骨も破壊されるようになります。こうした結果、歯がぐらついてきたり、歯肉からの出血や口臭も強くなるなどの自覚症状が顕著になってきます。

 なお、歯周病の怖さは、これにとどまるものではありません。口腔内という局所ではありますが、ここで繰り返されている炎症は身体の免疫能力や抵抗力にも大きく影響し、更には歯周病を形成している細菌が全身を巡る血流に入り込み、動脈硬化が進みつつある心臓を取り巻く冠状動脈などの局所に対して、炎症をもたらす可能性も知られるようになってきています。つまり、歯周病の怖さは動脈硬化にも及ぶということなのです。

「歯なし」にならないための4ヵ条

 Sさんの世代の80%以上が歯周病をもっています。今、4本の歯を失っているSさんが、健康な歯を20本以上残しておくために努力していることの第1は、2ヶ月に1回の歯科受診です。そこで歯石と歯周ポケットのチェックを受けつつ、毎日1回5分以上をかけての丁寧なブラッシングによるプラーク取りです。

 第2は、肥満でやや血圧が高く、中性脂肪も高値という現状の是正です。当面3kgを減らすために減食と1万歩の歩行運動を励行をし、これによって歯周病も関連するといわれている動脈硬化の予防を計っていこうということです。

 第3は、ひと口50回の咀嚼(そしゃく/口の中で食べ物をよくかみ砕き、味わうこと)を目安に、主食を分搗き(ぶづき)米、時には玄米にし、ケーキの味見に際してはこれを食べずに外出ししてしまい、そのあと直ちに口すすぎを行なうという「食」への配慮です。

 第四は、お口の衛生に良くない「口呼吸」をしないように心掛けているということです。

 最近のSさんの心境は、歯周病は予防出来る、そのための生活習慣是正はきついことではあるが口内の健康がしっかり出来ていれば、それが全身の健康管理にもつながることで、結果的には仕事にも大いにプラスになるということです。

 80歳になっても健康な歯を20本以上残しておくことは、老後を元気に過ごすための大事な決め手です。これを厚生労働省と日本歯科医師会は、「8020、ハチマルニイマル」運動として位置付けています。

2006年05月 掲載
■テーマ
1. 読み、書き、そろばん〜血圧管理
2. 動いて、食べて、快眠管理
3. 「たばこ病」からの解放を目指して
4. 肥満の克服
5. 胃食道逆流症(GERD)
6. 脳卒中の予防
7. 長い道のりの糖尿病
8. 死の四重奏
9. 「6、7、8」で痛風予防
10. 男の更年期-原因と対策-
11. お口の健康・歯周病のセルフケア
12. 水虫を治す基本を知る
13. 骨粗鬆症? いつの間にか背たけが3センチ縮んだ!?
14. 快便維持のためのお通じ対策
15. “NASH”新しいタイプの肝障害
16. 「飲酒病」からの脱却と糖尿病
17. セルフメディケーション時代の血糖自己測定(SMBG)
18. 糖尿病予備群、軽症糖尿病にも有用なSMUG(尿糖自己測定)