池田義雄(セルフメディケーション推進協議会会長)
春から始まっている社内健康診断の結果が出揃う時節の中、個々人には前年度の比較表とともに詳細な健診データが届けられていることと思います。気になるのは日頃の生活習慣との関係で、BMI(体重kg÷身長m÷身長m)によって示される肥り具合や、血圧、そしてコレステロール、中性脂肪、血糖、尿酸などの成績です。このほか、飲酒との関係では肝臓の検査が多くの人の関心事です。
必ず行われているのがGOT(AST)、GPT(ALT)、そしてγ‐GTPです。いずれも肝臓の細胞が炎症を起こすなどして傷害されると、これらの酵素が細胞から血液中に逸脱することで高値を示すようになります。特にアルコールによる肝障害がみられる際には、特異的にγ‐GTPが高値を示します。しかし、肝障害を引き起こす肝臓の病気は様々で、検査値のみでその原因を知ることは不可能です イベント企画の会社に勤務するFさん(48歳)は、「脂肪性肝炎の疑いあり。要精密検査」という結果報告を受けて気を滅入らせています。
一般に知られている肝臓病の中で主要なものの一つは、黄疸を主徴候とする急性肝炎です。これの原因はウイルスであることが明らかにされ、現在ではA型、B型、C型が区分されています。A型は、A型肝炎ウイルスに汚染された食品、特に生ものを摂取することで感染し、発病します。国内での発生はごくわずかですが、東南アジアなどへの赴任や旅行に際しては、今なお注意が必要です。
B型、C型は、ともに体液(血液)を介しての感染が原因です。事例としてはこれらのウイルスに汚染された血液を輸血されたことによる発病が多くみられてきました。血液製剤の管理が徹底された今日、また医療機関での採血作業や予防接種に際しての注射器の取り扱いなどに十二分な感染予防対策がなされるようになったことで、新規の発病者は激減しています。
いま問題なのは、過去におけるB型、あるいはC型肝炎罹患者が慢性肝炎の状態から肝硬変へと進展していることと、さらに長い年月の経過の中で肝臓癌に至るケースが出てきている点です。このような経過に対する予防・治療対策の進歩、特にインターフェロンの登場などが、かなりの改善をもたらしてはいますが、なお多くの不安が残されています。
一方、飽食と運動不足、そしてストレス過多の今日は、前記のような感染症としての肝臓病以外に、まさに贅沢病ともいえる脂肪の代謝の乱れによって引き起こされる「脂肪肝」が数多く見られるようになっています。これらの大部分には、飲酒と肥満が密接に関連していますが、このところ非飲酒者や、さほど肥っていない人の脂肪肝が注目されています。実はFさんも、このタイプの肝障害が疑われているのです。
ご承知のようにフォアグラは鵞鳥に脂肪の豊富な餌を与えて、その肝臓を「脂肪肝」にした状態のものです。人も同様に、たらふく食べて飲み、かつ動かないという生活では、必然的に肝臓に脂肪が溜まってきます。この状態は、超音波検査で容易に捉えることができます。
このようなタイプの脂肪肝の頻度は、BMI25以上の約半数に認められています。そして、これらの多くはアルコール性脂肪肝と診断されますが、そのほとんどの例はGOT、GPT、γ‐GTPが、基準値を若干超える程度で軽症なのが普通です。
ところが最近、にわかに注目されているのが、BMIは25未満で非肥満、かつ飲酒歴のないものにおける脂肪肝です。これを詳しく調べると単に過剰な脂肪蓄積が肝臓内にあるだけでなく肝細胞での炎症所見が明らかで、その状態は「脂肪性肝炎」と診断される域に達しているということです。
通常の脂肪肝は飲酒を制限し体重を減らすことで確実に改善し、肝炎に移行する例はほとんどありません。しかし、Fさんのような場合では「脂肪性肝炎」が慢性化し、肝臓に繊維化が起こり、肝硬変からついには肝癌に至る可能性の強い病態であることが問題視されます。このような病態に対する新しい呼称が「非アルコール性脂肪性肝炎」(NASH=Nonalcoholic steatohepatitis)なのです。
Fさんの精密検査結果は、肝炎の程度を表すGOT、GPT、γ‐GTPが、それぞれ104、118、140で、活動性の慢性肝炎状態にあることを示し、超音波検査では高度の脂肪肝が、そして針生検による病理学的診断はNASHであることを明らかにしています。
NASHは1980年米国で初めて報告され、肥満大国である米国ではこのタイプの肝炎が明らかに増加していることが確認され、NIH(国立健康研究所)も現在これを確かな疾病だと認知しています。
Fさんのその他の検査所見で注目されるのは、腹部CT検査(臍部の高さでの輪切り画像)での内臓脂肪面積です。通常100?以下で正常とされていますが、Fさんは156?で、連動している腹囲も基準値の85?を3cm上回って88cm。BMIでは非肥満と判定されるものの、明らかな内臓脂肪型肥満であり、これがまず脂肪肝を招いたものと推定されます。過剰な内臓脂肪からは、各種の悪玉サイトカインが分泌され、善玉のサイトカインは減少することがわかっています。おそらく悪玉サイトカインが脂肪肝に強く働いて炎症を起こさせ、NASHをもたらしたものと思われます。
見逃せないのはFさんの体重歴です。20代前半のFさんは55kgでBMIは20、これが現在は65kg、BMIは24弱になっていて内臓脂肪の過剰蓄積に至っているという点です。甘いものと果物が大好物というFさんには、まずこの食生活を是正し、減量をはかり、これによって内臓脂肪の過剰蓄積を解消すること、それがNASHの進行を止める鍵であることを理解して、そのためのセルフケアが切に望まれます。
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