池田義雄(セルフメディケーション推進協議会会長)
節酒で減ったインスリン注射量
2年ほど前に亡くなられた朝倉俊博氏(享年62歳)。写真家であり、酒の研究家としても知られていました。朝倉氏には写真集「麿赤児 幻野行」が、また映画では「愛欲の罠」(監督・大和屋竺・1973年)の撮影を担当されたなどの経歴の持ち主です。この一方で、大酒飲みを自称していた朝倉氏は化学には全くの素人であったのにもかかわらず、美味い酒が飲みたいの一心で、分子、原子の世界にのめり込んで、「微弱、超音波熟成法」というお酒をうまくする方法を発明しています。
62歳で、逝かれた病因は「咽喉頭がん」だったとのこと。大酒のみの関与が否定できません。このような事例を知るにおよんで鮮烈に思い起こされるのは、徒然草に述べられている兼好法師の言葉、すなわち「この世には、あやまち多く、財をうしなひ、病をまうく、百薬の長といえど、万の病は、酒よりこそおこれ」です。
糖尿病は小児や若年にみられる1型糖尿病と、わが国糖尿病患者の大多数を占める2型糖尿病に区分されます。1型糖尿病はインスリン注射療法が必須であるのに対して、2型糖尿病ではその経過が緩慢なこともあり当初は食事・運動療法で、体重のコントロールをするなどがよい結果をもたらしてくれます。その後、糖の利用をコントロールしているインスリンというホルモンの不足が生じてきますと、この時点からはインスリンの分泌を促進する薬剤やインスリンの効き目をよくする薬剤などを用いて経過をみることになります。しかし薬物療法を始めて数年を経るころから加齢の影響も加わってこれによるコントロールも不十分になってくるのが通例です。昨今は、このような事情から中高年でインスリン注射療法の必要な人が増えています。
国民全体に占める糖尿病患者とその予備軍は、厚生労働省の実態調査によって前者が740万人、後者が880万人と推定されています。これは、平成9年に行われた調査に比較して前者が50万人、後者は200万人増となっています。この増え方は人口構成の変化に見合ったものだとはされていますが、他の疾患との比較では抜きん出た増加であることは公衆衛生上大きな問題だといわねばなりません。このように多くの人が罹患している糖尿病において飲酒がどのような影響を及ぼしているものか、これも注目されるところです。
Tさん、61歳は、40代後半に2型糖尿病と診断されています。身長168cm、当時の体重は78kgと、20代に比べると約12kg増の状態にありました。血糖値は空腹時156mg/dL、3カ月で2kgの減量が得られた時点では120mg/dLとなりました。この間、禁酒できたのは3カ月程で、以後は再びビール大3本の生活に戻り、このことを主治医に隠しながら結局は薬の処方を受けました。そしてあっという間に数年が経過し空腹時血糖が200mg/dLを超えた時点で、この先は責任が持てないと主治医からつき離され、やむなく糖尿病の専門医療機関を受診しています。ここで、専門医からなされた指導は前の主治医と何ら変わることなく、減量、飲酒の制限(断酒、もしくは日本酒換算で1合以内)、そしてインスリン注射療法の導入でした。
飲酒という生活習慣が、Tさんの生活の一部になっていることは明々白々です。20代から飲み続けて40年近い年月を経ている訳ですから、これを止めるためには相当な自制とともに自らの将来(予後)への展望をしっかり持たねばなりません。医学的には「万の病は酒よりこそ起これ」は真実です。加えてアルコールによる高等な精神機能の抑制は、節度ある自己管理の要求される糖尿病では大きなネックとなります。
Tさんの場合もそうですが、通常飲めばいい気分になり、時には歌も出て、会話も弾む、この楽しみを控えねばならない位ならば、後の人生はどうなってもよい、とさせてしまうところにアルコールの持つ怖さがあります。ここでTさんには、現状での飲酒習慣に対する自己チェックをしてもらいました。Tさんは、この項目の中の全てが該当していました。
Tさんが前向きに自分の糖尿病に取り組むようになった大きな要因は、定年後の生活をハッピーにしていきたいという思いでした。糖尿病の怖さは、合併症にあります。Tさんの場合には肥満があり、血圧もやや高く、コレステロールも260mg/dL、中性脂肪も空腹時で250mg/dL以上で、いまのわが国では100人に2〜3名程度とみられている「死の四重奏」(肥満、糖尿病、高血圧、高脂血症)が明白な状態です。前の主治医からも、また現在の糖尿病専門医からも、まずは動脈硬化による心臓病、脳卒中が懸念され、加えて後5年、10年という経過で眼や腎臓、そして神経にも重大な障害が起こる恐れがあるという忠告は、Tさんにもはや現状を放置することはできないという思いを強く抱かせたことでした。
そこで、Tさんが取り組んだのは過去の体験を踏まえて、断酒ではなく缶ビール1本(350mL)という飲酒制限(節酒)を中心に、減塩を含め食事を徹底的にコントロールし、体重を20代の1割増し以内、すなわち70kgを目指しました。この結果、導入されていたインスリン注射療法の注射量は、朝、昼、夕の超速効型10、10、14単位が半年後には6、6、8に、そして眠前の持効型も18が12に減り、血糖コントロールの指標とされているヘモグロビンA1cは1.5%低下し6%台が維持できるようになっています。Tさんの事例では「飲酒病」からの脱却によって、糖尿病の治療効果に大変よい結果があらわれたというセルフメディケーションの成果をみることができます。
2. 動いて、食べて、快眠管理
3. 「たばこ病」からの解放を目指して
4. 肥満の克服
5. 胃食道逆流症(GERD)
6. 脳卒中の予防
7. 長い道のりの糖尿病
8. 死の四重奏
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10. 男の更年期-原因と対策-
11. お口の健康・歯周病のセルフケア
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17. セルフメディケーション時代の血糖自己測定(SMBG)
18. 糖尿病予備群、軽症糖尿病にも有用なSMUG(尿糖自己測定)