1. 社会状況の変化と推進活動の対応

1. 社会状況の変化と推進活動の対応
1. 社会状況の変化

 社会状況とひとくちにいってもその内実は多様で複雑である。日本社会は終戦以後民主主義国家として曲折を経ながら自由経済の中で発展してきた。20世紀末では奇跡といわれるまでの経済発展を謳歌した。しかし、遠雷のように聞こえていた少子高齢社会は21世紀に入るや加速し、降り出したかと思うまもなく、今や土砂降りの中にいる。
 日本においては社会構造・体制を揺るがす変化はなかったが、世界は激変を重ねている。中国やアジア、アフリカ、中東、南米などの開発途上国では政権によって社会体制が急変し、住民の生存権そのものが脅かされる事態が生じている。安住の地を求めて難民が急増し、その受け入れをめぐって世界は苦渋の選択を迫られている。

2. 変化をもたらす要素

 社会状況の変化をもたらす要素は何か。この難問に答えるのは無理かも知れない。民族、地域環境、気候、信仰さらに人間の欲望がからむので複雑に変化する。ただ人類の歴史を振り返ると、獲得した知識・技能の活用に特徴があり、現代は際立っている。それは科学技術、とりわけ医療生物分野と情報通信分野の革新的進歩である。近代史において18世紀の産業革命を契機に、機械文明が一気に進捗し、陸海空の交通機関、電気・石炭・石油等のエネルギー活用により生活環境が一変した。ただし、世界一律ではない。先進国と未開発地域の格差は歴然であり先進国間においても資源の争奪を因に対立を生み、世界大戦へと進んだ。
 1945年、第二次世界大戦が終結したが、その後米ソの冷戦対立の時代に入った。1989年ソビエト連邦の崩壊によって、世界はアメリカを中心とするグローバリゼーションによって社会的、経済的関連が地域、国を超えて地球的規模で発展するかに見えた。
 予測は見事に裏切られ、各地での紛争は止むことなく、2022年突如ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、世界平和の理念は有史以来最大の危機に直面している。混乱の背景にあるのは、科学技術とそれを制御しきれない人間の思考と行動力の劣化と思える。

3. 知識の獲得と活用する術

 発展した科学技術を廃棄する、未開発領域の技術革新を抑制することは不可能で、実現などできない。ならば具体的に可能なのは確保した科学技術成果を活用する知恵を高めるための訓練である。言うは易くしての格言の通り、簡単ではない。しかし、これは人類が誕生して以来誰もが試み。経験してきたことであるから、別段新しいことではない。ただ近年は情報がふんだんにかつ早く、安価―というよりただで得られるので「活用する知恵を高める」−すなわち考えることを放棄しているといってよい。
 訓練はどこで行うのか。近世以後これを担当するのは学校とされてきた。先人たちは長年多大の努力をつぎ込んで教育の普及を図ってきた。その集大成として戦後日本は憲法26条、教育基本法に基づく国民教育が制定されている。問題は制度、施設ではなく、中身―端的に言えば、何を目的に何を学ぶかである。
制定された1947年当時は学校教育が知識の伝達、読み,書き、そろばん(算数)を主軸としたのは理にかなう。しかし、70年を経た現代の学校でこれを教師と生徒が対面で行うことに執着し過ぎていないか。
 全てを0にとは言わないが、より必要な訓練のための時間を確保するために効率化を図るべきである。得た知識を自己の生活に活かすためには、考えて、納得して、実行する演習が必要である。これは、人間、いや全ての動物が共有する本能に近い能力であって、各個体は生きるため試行錯誤を繰り返して獲得してきた。動物は人間により、野生から家畜さらに養殖へと生育を強制的に制御され生命まで支配された。人類も民族、宗教、資源、技能などを背景に支配、被支配の歴史を経て現代に到達している。

4. 忍びよる現代の脅威

 支配、被支配の関係は巧妙に我々の現代社会に忍びよっている。歴史に見る強権独裁型の社会ではないといって安心してはならない。情報・通信技術の発展により 世界のニュースは寸時に入る。法制度が整備され、人権も生命財産も保障されている。―確かに理想とする社会体制の構築は進むかに見える。しかし、受け手の国民は、多様で夥しい情報洪水の中で正しい情報をどのように選択するのか。サイバー攻撃にどう対処するのか。フェィクニュースの排除は可能なのか。一方で法制度の基に粛々と政策を進める行政担当者(国・地域)は、財源と人材確保がなければ仕事はできない。政策は画餅のままで終わる。根拠となる統計データに不正が指摘され、政策提案する政治家が先見性を失い、言動に虚偽が重なれば信頼は地に落ちる。
 科学技術の急進展は余りにも多くの知識過剰を生み出し、多くの人に処理・制御不能の状態をもたらした。さらに商業主義―大企業による世界市場を席捲しようとする動きが拍車をかける。便利さを提供する代わりに、本質の評価を疲弊させ、企業利益優先へ一途に走る結果となる。

5. 惰性を排して自立へ

 この危機状況を脱失する唯一の道は、各人が原点に戻ることである。前節で指摘した「知識を基に、考え、実行する」ことにつきる。便利さにかまけて、安易に情報を鵜呑みにしないで、考えて納得してから次の行動に進むということである。惰性を排して、自分の責任で生きるという自立の勧めである。
必ずや反論があることは承知している。膨大な情報の処理―ましてや偽情報の分別などは無理とか、考えた挙句の結論が正しいか自信がないといった心配は誰もが持つのは理解できる。しかし、それは誰もが経験することであり、歴史上、現代を問わず賢人、識者も一様に告白している。挑戦し、失敗を修正し、成功して自信を得て、次に向かう姿勢を保持するのがポイントである。
 必要なのは、支援する体制とセーフティーネットワークの構築で、国民のだれもが参加できる仕組みである。従来の行政は刷新と称して、組織や基金を新たに創設するが成功した例は少ない。この国には教育を担当する省庁は存在するし、設備・教員もまあ整っている。問題は対象と内容と方法が現代のニーズに合っていない点である。対象は若い学生より成人―高齢者も含めて生活者全般であり、知識の切り売りではなく、考えて判断することを繰り返し習慣づけることである。

2022年10月 更新