4. 社会環境の変化に対応する制度改革

4. 社会環境の変化に対応する制度改革
1. 社会の構造変化と対応

 第1章で戦後の日本と世界の変遷を概括したが、今後の対策を練るために現在と未来の社会環境についてさらに検討してみる。基本的な問題は人口の推移である。地球はひとつであるから世界の人口推移と日本他主要各国の人口増減は、経済・社会に直接影響する。日本の人口は明治以降、急速に増加し2008年に1億2800万に達したが、その後減少に転じた。世界の人口は昨年80億人を突破したが、2050年頃より減少に転じるとの予測もある1,2)。人口推移による人口構造の変化は生産性や要介護の問題に影響する。
 コロナ禍が終息しつつあるといって経済の回復を急ぐのは世界各国のリーダーに共通の思いとして理解できる。しかし、人口構造の推移をみれば、経済回復に今までの術式を適用するだけでは実現は無理であろう。地球という有限居住空間において、資源の効率利用と相互援助によって、全ての国の人々が共存できる環境を作ることを目指そうではないか。

2. デジタル化の定着と地域格差の解消

 社会の変化において際立つのは情報技術(IT)の伸展である。デジタル化はITの進化により様々な情報をつなげることによって、従来資料の収集、調査、評価に要する莫大な作業を効率よく行うことを可能にする。現在は行政、企業を中心に業務管理、新しい付加価値をつけた新製品の開発等に集約されているが、国民の生活環境の改善と保全に役立てる方策に適用すべきである。前提として個人情報の漏洩等安全管理に関する根強い不信感を拭うのは必然である。
 一方、地域格差の解消は永年の課題として未解決のままである。首都圏一点集中、都市部と過疎地の格差に論議が集中しているが、視点を変えてみる。日本列島の東西幅はほぼ地球周囲の1/24で時差は1時間内にある。しかし、南北の緯度差は16度と大きくほぼUSAと同じである。南北差は寒暖に連動し、住民の生活に直に関与する。さらに、日本列島は高低差が大きく、海岸と山岳地域では環境が著しく異なる。島嶼を含めた沿岸地域と内陸地域とは想定を超えた居住環境の違いがある。
 地形、気象を変容し均一化するのは不可能であるが、デジタル化により過去には収集が難しかった住民の居住環境情報を効率よく共有できる。ここからビジネスは製品開発に向けてプラットフォームを立ち上げるだろう。同時に国民の健康維持、災害防止、さらに医療・介護に必要な組織化・最適化を図る戦略DX(デジタルトランスフォーメーション)を福祉国家として進めるべきである。

3. 医薬品開発と供給体制

 2021年医薬品製造におけるGMP違反が発覚し、ジェネリック医薬品製造販売会社に対し業務停止措置等がとられた。国が医療費削減の切り札として進めていた後発医薬品代替促進策は「薬がない」という事態を招くことになった。
 事態の背景には製薬業界、流通、薬価を含む診療報酬制度等に蓄積されてきた様々な問題がある。理念として医療・介護・福祉環境を整備するには機材が必要で、施設・器具と共に信頼できる医薬品の確保は必須である。他の商品と違い、医薬品は常に新薬を目指す創薬と既存薬、稀な疾患に対する希少薬の用意、さらに需要が変動する中で期限切れ廃棄という問題を抱える。製品の原料になる原薬の確保、さらに必要とする患者の存在地へ即配を要する。
 原薬には希少な成分も多く、国内生産の確保や輸入依存はコロナ禍などによる搬入障害や国際的価格競争も関連する。このような状況の中で、国内で同成分の医薬品について10を超える複数のメーカーが製造販売し、過当競争を招く事態は異常でしかない。製品を整理統合するとともに、複雑でコスト高な流通ルートを抜本的に改善しよう。前節で触れた日本の地形、気候状況と居住者情報はDXにより、「薬がない」不安解消に寄与できる。

4. 制度活用のための支援体制と人材開発

 第3章において健康に関する成人継続教育を提唱し、本章で進化した情報技術による生活環境等を含めた基盤背景の整備についても見通しがつくと述べた。ならば指示に従い行動するのではなく、自分で考え、選択して実行することはできるのか。多くの人々は、
  では何をすればよいのですか?
  何処に行けばいいのですか?
 支援にあたる医療関係者―医師、薬剤師、保健師、介護士達に聞けば、
  忙しくて大変、今情報を伝えるだけで精一杯、それ以上はとても無理・・・・。
 問題は振り出しに戻ってしまう。制度を活用するための支援体制と人材開発が必要である。AI(人口知能)を活用して不足の人的資源を補填することも考えられるが、AIは集積データから妥当性による順位指示までが限界である。人間には個性があり、年齢、家族、経済状態、嗜好、さらにその時の気分によって選択順位が変動する。苦しみ、悩み、迷いの中で選択を迫られる環境で必要なのは個人環境を共有できるコンセルジェ資質を持つ支援者である。医療知識、技術に加えて、悩み、考える人に寄り添う人材開発を進めることを提案する。訓練、経験によって別途の資格認定も考慮したい。

5. セルフメディケーション税制の抜本改革

 制度改革というと途方もなく範囲は広い。中でも税制は国家予算の中軸をなす根幹であり、政治的、経済的視野での議論すべき課題である。社会保障費予算36.3兆円(2022年度)は国家予算の33.7%に当たる3)。これに都道府県・市町村の一般会計16兆円他と保険料74.1兆円を加えた131.1兆円が社会保障給付費となる。給付の対象は年金58.9兆円、医療40.8兆円、福祉他31.5兆円である。財務省は健康管理に関連する医療・福祉経費は増加を抑制する様々な施策を提案するが、診療報酬制度による権益を死守しようとする医療関連団体、関連産業企業とのせめぎあいが続く。
 健康をいかに維持するかの本質は置き去りにされ、セルフメディケーションの推進に陽が当たらない。保険給付で賄えない高額医療費を医療費控除により救済する制度は理に適うが、適用対象の範囲を検討すべきである。2017年、医療費控除の特例としてセルフメディケーション税制が設けられ、昨年延長された。一見、セルフメディケーションの推進に寄与するかにみえるが実態は違う。もともとOTC医薬品を年間家族も含めて10万円超購入する家庭は稀である。OTC医薬品は症状の緩和を目指すもので、緩和しなければ診療を受けるべきで控除額を超える購買を煽るかのような特例は奇異である。
 医療用医薬品からスイッチOTCとして一般用医薬品として販売される成分が依然として保険薬価に収載されたままという奇怪な状態も続いている。諸外国ではビタミンなど栄養素または健康食品として販売されている成分が、医薬品として保険薬価に収載され、処方されている。憲法25条を基盤とした国民皆保険制度をガラパゴス化しないために、セルフメディケーション税制を含めた税制、保険適用について抜本的改革を提案する。


参考文献



1)日本の人口の推移(厚生労働省 日本の人口の推移 参考資料4
2)ダブル・ブリカー 2050年世界人口大減少 文藝春秋社(2020)
3)社会保障の給付と負担の現状と国際比較(厚生労働省政策レポート 社会保障と給付の現状

2023年01月 更新