健康で活気ある社会が理想であることに反対はまずないだろう。しかし、今私たちが最終目標としていることが全て一致するかは微妙である。人間はひとりひとり独立した個性があり、数や集団で均一に扱えない。個性を無視した暴走は歴史上で繰り返され、常に悲劇を生じて終焉している。
遺跡や物語は、人間が個人を尊厳し、他人の考えを許容し共生し繁栄した時代と一転して終焉を迎える悲劇を繰り返し示してきた。開発した情報を共有し、効率の良い機器の普及により、全ての人々に豊かな暮らしができる環境を持続させるのはひとりひとりの努力であり、後世の人々への義務である。セルフメディケーションはこの努力と義務の具体的な実行にほかならない。画一的なスケジュールや強制はなじまないし、意見ややり方の違いを許容する。やがて、共通の認識が芽生えれば力が合算されて一歩前進する。ゆとりのある穏やかな社会が出現する。
covid-19ウイルス感染症は期せずして、21世紀社会の矛盾と軋轢を露呈させた。グローバリゼーションによって政治・文化・経済が発展していくメリットはそのままデメリットとして作動することに愕然とする。かかる危機の最中に、ウクライナ侵攻が起き、暴挙を世界の英知が抑えられないまま1年が経過した。文明が繫栄し、頂点に達するとやがて衰退に向かう。上ってきた峠からギヤチェンジして、屈折の続く下り坂を緩やかに降りる。人類は果たして平和な日常を取り戻せるのだろうか。
施策を練り、その達成への段階を提示することが政治の基本であるがそれは誰がするのだろうか。個人の努力を促し、その判断と実践を支援する社会を構築することは一朝一夕で出来るものではない。政治家、または政治を志す人達はまず日常をつぶさに見て、家庭や地域に根付く生活環境づくりを提示する。それが国民に受け入れられるならば政策となる。政策を実現するには人材を育て、機能する行政組織を構築する。理念が立派でも、財政基盤が脆弱な非営利活動法人の活動では限界があると痛感した。
すでに述べてきた提案を整理してみる。
1)生涯を通じた健康教育の設定
健康教育の重要性と具体的な実践について基本プログラムを設定する。育児期、幼児期、学齢期、青年期、成人期、高齢前期、高齢期において教本を作成し、配布する。担当は育児期、幼児期は保護者または代行者に委託、義務教育期間は授業科目の中で行うことにする。成人後、社会人として活動する期間に一貫した継続教育が重要で、社会の変化や感染症などへの対応を含め4年毎の更新制をとる。案を提示した。(表)

2)健康保険制度の一律化と範囲設定
憲法25条は国民の生存権と国の社会的任務を表明したもので、国民皆保険制度の基盤となっている。国民は平等であるから、国の保障も公平でなければならない。しかし、現実には国民保険と職域保険は制度上に差異があり、不均衡である。保険加入者の所得の格差が支払い保障に影響しているのは明白であるが、不平等を是正し一律とすべきである。
また保障範囲について看過できない課題がある。疾病や傷害は災害で保険給付対象としているが、医療行為全てを対象とするのは不合理である。かぜや腹痛など日常に生じる疾患、生活習慣病といわれる不摂生が関与する不具合は医師の処方薬による治療が唯一の術ではない。日頃の摂生、症状緩和のOTC薬の使用、安静などによる回避や恢復が期待できる。医療保険の給付対象から外し、自己努力を評価する配慮―一定の経費を税制控除する―などの改革を行う。
3)自由で発想できる環境の整備
1)の表に示したように人の生涯の2/3は成人期以後であり、自己責任に関わる期間である。主として学齢期に学んだ知識や技能は基礎であり、各自の環境に応じて創意工夫しながら活用して成果につなげる。地位、報酬、名誉、欲望と引き換えに時間を惜しんで健康で豊かな人生を放棄してはならない。
しかし、健康維持には医療、運動、栄養、法制度などの知識が必要で、専門分野以外の成人が学び、考え、実行するのは簡単ではない。日常生活の相談場所として健康サポート薬局の機能拡大を提案する。相談は無料サービスではなく、保険加入者を対象に登録制とし、担当する薬剤師の職能報酬を保証し実効性のある具体的な設計を行う。
更に、3-5で示した図書館に健康ライブラリーとして電子検索サービスを設置して、アドバイザーを配置して成人の自主的学習の支援を行う。日常の不安や選択にいつでも対応できることと将来や地域への寄与など余暇の活用に資するインフラ整備によって閉塞感のある社会を活性ある社会に転換しよう。
セルフメディケーションの定義は自分の健康は自分の責任で守ることである。理想として正しいがそれは永遠の課題でもある。多くの先人がその効用を説き、自ら実践し、説法や書籍として記している。セルフメディケーション推進協議会は2002年設立以来、NPO法人としてその理想の普及活動を続けてきた。しかしセルフメディケーションが国民に定着したとは言えないままでいる。先人と同列とするのはおこがましいが、私たちも努力したが目標が全ての国民に定着していないのは現実で永遠の課題のままである。
理念としての目標を高く掲げ、科学技術を駆使して官民一体で共存社会を構成する地道な活動を受け継いで頂くようお願いする。
NPO・セルフメディケーション推進協議会は2022年12月31日をもって解散いたしました。(2023年1月4日官報公告) 解散にあたって昨年当協議会の20年にわたる活動を「20周年記念誌」として刊行いたしました。配布先や旧会員の方々から、惜しむ声を多く頂き感謝致しますとともに、今後についてのお問合せにお応えする必要もあると痛感いたしました。解散前数年、現状打開のためいくつかの提案を検討していましたのでその趣旨を含め会長の私見とし掲載させて頂きました。今後セルフメディケーションの理想を具現化するため、趣旨に賛同される方々へ参考になれば幸いに存じます。