セルフメディケーションを実践のための200テーマ

福田千晶(セルフメディケーション推進協議会理事)

49. しなやか物質
 このコーナーが始まったのは、確か4年前。「オリンピック年はニコニコペースで運動を・・・」という内容のことを書いたことを覚えています。

 その後、リーマンショックがあり、東北の震災があり、様々な変化がありました。震災後は「まず、健康が大切。そのために運動は必要」と考える人は増えました。普段の診察でお会いする患者さん、健康診断や人間ドックの受診者の皆さんの意識の違いも実感いたします。「血圧はいくつが正常値か教えて下さい」「中性脂肪が多いとなぜいけないのですか?」など健康に関する質問が急増です。特に「血圧が高めなのは、運動不足も影響していますか?」という質問をされる方々が多くいらっしゃいます。

しなやか物質とは
 血圧と運動の関係で最近は「しなやか物質」という言葉がキーワードになっています。 血管は、内側から内膜、中膜、外膜の3層になっています。内膜は血液を血管内で固まらせず循環させやすいように働きます。中膜は平滑筋(一種の筋肉)も含み血管にかかる圧力を受け止めています。外膜は血管の保護をするいわば外壁の役割です。そして、主に内膜から「しなやか物質」が分泌されています。この分泌が低下すると血管が硬くなり、内膜の表面は凸凹になったり内膜が肥厚して内腔が極端に狭くなったりしまう。つまり動脈硬化が進みやすいのです。

 「しなやか物質」と呼ばれる物質には、最低でも10種類ほどの物質があると考えられています。よく知られているものには、血管の緊張を解き弛緩させる「一酸化窒素」、血液が固まるのを防ぎ、さらに血管を適度に拡張する「プロスタサイクリン」などがあります。これらのしなやか物質がきちんと分泌されていると、血管は適度に柔らく血液の流れに応じて太さを微調整できますから、血管に無理な力がかかりにくくなります。

 しばしば血管はゴムホースにたとえられますが、しなやか物質が十分に分泌されている血管は、丁寧に扱われよく手入れされているゴムホースの状態と同様です。良い状態を長期的に維持しやすく、動脈硬化の進行を予防し、若々しいしなやかな血管を目指せます。

しなやか物質を増やすにはまず運動
 高血圧の対策として、減塩の食事、飲酒は多すぎない、禁煙、十分な睡眠などはもちろん大切です。同時に、運動によって「しなやか物質」を十分に分泌させることも大切です。

 早歩きや軽いジョッギングなど、全身が軽く汗ばむ程度の有酸素運動を開始して15分ほどで、血液循環はかなり良くなります。このとき多くの血液が速く強く心臓から血管に押し出され、血管の内側表面は血行で軽く摩擦されて刺激となり「しなやか物質」である一酸化窒素などが盛んに分泌されます。すると、血管は「しなやか物質」の作用で適度に拡張して広がり、血液は広いスペースをスムーズに流れることができます。血管に無理にかかる圧力は下がり、血圧は下がるわけです。そして、血管を無理に押し広げようとする力もかからなくなり、血管は傷みにくくなります。

 長期的に見ると、たとえば1日20分以上の運動を週3回以上、2ヶ月以上続けると血圧は5〜10mmHgくらい下がる傾向にある、という研究結果はいくつも報告されています。その裏づけはいろいろ考えられますが、最近話題になっている「しなやか物質」も、血圧を下げて血管をしなやかに保つことに大きく関っています。

しなやか物質の今後の研究にも期待
 動脈硬化など血管の老化現象は、確かに加齢とともに進んでいきます。しかしライフスタイルを良くして健康的な生活を送ることによって、血管の老化の進行を最低限に留め、なるべくいつまでも若々しい血管を維持したものです。

 まだ、研究されつつある分野ですが「しなやか物質」という言葉を知っておき、おそらく今後もさまざまな研究がされる高血圧対策における運動の効果にも注目していきましょう。高血圧の人が、運動も含めた生活改善で血圧が5〜10mmHgまで下がると、脳卒中や心筋梗塞になる確率も20〜25%くらい減らせると考えられています。

 「しなやか物質」が分泌されていると頭に思い描きながら運動すると、運動後の充実感はより一層大きくなるでしょう。 
2012年01月 掲載
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