セルフメディケーションを実践のための200テーマ

村田正弘(セルフメディケーション推進協議会専務理事)

3. 薬の作用 投与経路と薬の生体内運命

 前回の説明によって薬の作用については概要がつかめたと思います。今回は薬の作用をさらに具体的に考えてみましょう。

 身体に投与される前の薬は、例えば白い錠剤とすると、きれいな形をしています。これを服用すると食べ物と同じように、口から食道、そして胃に入り、ついで腸管へ・・・。薬に含まれた成分は一体どこに、どんなみちのりをたどって効果を発揮するのでしょうか。そして、最後はどうなるのでしょうか。

 実は、このみちのりが薬の効果と副作用に重大な関係があるのです。

薬は目的地について効果が発揮される

 薬が生体に投与されると、様々なみちのりを経て、その効果が期待される目的地(臓器、さらに詳しくいえば組織の細胞)に着いて効きめが発現されるのが理想です。

 化膿した皮膚などへ抗菌剤を含む軟膏を塗るなどは納得できても、血糖を下げるための内服薬や注射薬などはどのように目的地にたどりつくのでしょうか。このような研究を薬物動態学といいます。

 薬物動態に影響を与える因子は生体側(ヒト)薬物側にあります。薬物側の因子では用量と用法があり、用法とは使い方のことで、投与経路や回数などが関係します。

 薬物は投与されてからまず体内に吸収(Absorption)され、血流によって全身に分布(Distribution)し、各臓器や組織で代謝(Metabolism)されながら、やがて体外に排出(Excretion)されます。

 この過程は、薬からみれば長いみちのりで、各名称の頭文字をとってADME(アドメ)といい、薬の生体内運命などとも言われています。ADMEは薬の作用に必ずといっていいほど関与しますから、これがなぜ重要なのか説明していきます。

薬が移動するにつれて様々な出会いがある

 白い錠剤は内服薬の例ですが、水と一緒に飲むと水分や唾液と混じりながら、食道を通り胃に入ります。薬としては、この間には余り変化しないことが望ましいのです。水なしでのんで食道などにはりつくと、中の成分が溶け出して食道を痛めることなどが起こる場合があります。胃に到着するとここは酸性の強い場所です。ここで、多くの錠剤は壊れ、中身の成分が溶け出します。

 簡単に書きましたが、実際はそのときの食事の量や内容、酸の強さと薬の剤形、成分によって複雑な影響があり、ばらつきがあります。胃の粘膜はあまり丈夫なものではありませんから、空腹時つまり胃の中が空っぽの状態で薬だけが入ると刺激が強く、また次の吸収も悪くなるので食後服用や少しでも食物をとって薬を服用してほしいのです。

膜という壁、肝臓という関所

 薬は胃で吸収されるものは少なく、次の十二指腸や小腸を通過していく中で、食物成分と同じように腸管粘膜から吸収されます。腸管内はアルカリ性で、酵素などがたくさんあります。これらの酵素は本来は食物成分の糖質、たん白質やその分解物であるペプチド、アミノ酸、脂肪やその分解物の脂肪酸などを吸収しやすいように分解するのが目的ですが新入りの薬も影響を受けます。

 “膜”というと薄い布のようなイメージを持つのは誤りです。むしろ、スポンジを連想してください。重なったスポンジを通過していくのは、小さい分子なら水のように拡散浸透していきますが、分子量が大きいとそう簡単ではありません。この役割を担っているのがトランスポーター(担体)という運び役です。これも、本来は食物由来の高分子や特殊な物質の移送であったのが薬の成分も引き受けているのです。

 腸管の内側は身体内部です。では、胃や腸管は身体内ではないのでしょうか。ここは、上部は口、下部は肛門として外と通じています。その意味では身体という聖域ではありません。今、薬は生体膜という関所を通過してはじめて身体内に入りました。

 入った腸管の内側には門脈という血管が流れています。この流れは直接全身にいかないでまず肝臓に入ります。肝臓は身体からの不要物、老廃物の処理場ですから薬も「危険」と判断されれば、すぐに分解されてしまいます。薬からみれば目的地で効きめを発揮しようと意気込んでいるのに、その前で処分されては無念でしょうね。

 ですから、肝臓にいって分解されるようならば内用薬という経路はふさわしくないのです。肝臓という最大の関所を通過して、全身循環に入ってやっと目的地に向かうのです。このように内用薬の場合、製剤として含まれている成分量のどの位が血流に入るかが問題で、吸収率とか生体内利用率という表現を使いますが、示されている数値も平均値または目安で、状況で変動します。

薬はどのようにして血流に乗るか

 内用以外の投与法においても、外用や注射でも局所効果以外は全身循環に入っての薬の成分が作用に関係するので吸収の過程に注意しなければなりません。

 手早く全身循環系に薬を入れる方法として注射があります。筋肉内や皮内、皮下注射など種類がありますが、これらは直接血管に注入しませんが、静脈注射(静注)は直接血管内に注入します。動

 脈に入れるのは技術的にも難しい上、危険も伴うので特殊なケース以外は行いません。静注は確実に全身循環系に薬の成分を変化させずに注入できるので、繁用されています。吸収率はほぼ100%と考えてください。しかし、一気に濃度が高くなる危険もあるので、点滴などできるだけゆっくり注入する方法が工夫されています。

 さて、血流中の薬はどのような状態で移動するのでしょうか。先に述べたように、ほとんどの薬はある程度の分子量をもつ有機化合物なので、血中に溶け込むのではなく、血液中のたん白成分に結合して移動します。そして、目的とする臓器や組織細胞を通過するとき、これを構成するたん白質などに付着するような形で、このとき薬理作用が発現されるのです。

 心臓から出た動脈は全身に分布し、末端の細胞から静脈となって心臓に戻ってくるモデル図をよくみますが、動脈と静脈は直接つながっているわけではなく、間にはスポンジのような膜の重なりが連なっていて、そこにはたくさんの酵素が存在し、分解の主役として働いています。

薬は異物、分解するのが当然

 内用で吸収された薬の成分は門脈を通り肝臓で分解されると述べましたが、どうしてなのでしょうか。

 一口で言えば、身体内では安全管理体制が徹底しているということです。身体の細胞にとって有益でないもの、または生命活動で不用になった老廃物を処理し、廃棄しようという機構が存在し、その分解の主担当が肝臓、排泄の主ルートが尿です。生体成分を分解することを代謝といいます。

 薬の中には生体成分由来のものもありますが、大部分は新たに作られた「未知な成分」です。異物は毒物と認識し、排出できる形に分解して排除するのが生体の基本仕組みですから、例え薬という有効な貴重成分もこの処理機構に組み込まれています。この分解の主役にあたるのが薬物代謝酵素といわれるものです。

 しかし、おかしいですね。薬は後から登場したのに、はじめから薬物代謝酵素というのは。その通りで、これらの酵素は本来の細胞の機能維持のために備えられていたもので、薬物という異物侵入に際し、緊急動員されていると考えるとよいでしょう。

代謝と排泄の仕組み

 代謝、分解の主担当は肝臓といいましたが、末端の細胞でも移動中の血液の中でもそれぞれの処理能力と必要性に応じて行っています。分解方法としては酸化、還元、加水分解という基本的化学反応によります。

 肝臓には他で処理しきれない大量の「不要有害物質」を酸化して処理するためにチトクロームP450酵素群が用意されています。緊急時には、増産するなど臨機応変の対応がされます。また、分解法も必ずしもひとつではなく、また一挙に処理できない場合は段階をふんで処理します。

 したがって、分解物も1種類とは限らず幾種類にもなることがあります。また、生体内にあるグルクロン酸などと結合させそのままの形で処理する抱合というやり方も行われています。

 代謝によって生体に危険でない形にまで分解したらこれを体外に除去する作業が待っています。分解を徹底して行えば、炭酸ガスと水にまでいきますが、成分中に窒素Nや硫黄S他の分子がある薬は無理ですし、効率的な段階で排泄します。

 排泄ルートの第一は腎臓―尿ルートです。ここを経由する必要条件として、水に可溶性であることがあげられます。腎臓は巨大なろ過と再吸収工場です。腎機能が健全ならば、体内の薬は一定時間内に排泄され、薬効も消失しますが、腎障害や高齢になって機能が衰えると消失が遅れるので量や投与の間隔を調整しなければなりません。

 このルート以外では、肝臓で処理後胆汁とともに胆管を経て、腸管を通り糞便に排泄されるケースもかなりあります。このルートは一部腸管から再吸収されることもあります。完全分解に近いケースでは肺から呼気として排泄されることもあります。びっくりされるかも知れませんが、授乳されている母親の乳汁は排泄ルートのひとつです。

 この場合、代謝されずに原型の成分がそのまま排泄されることが多く、母親が服用した薬が乳児に作用する危険があります。ただし、移行する薬の種類はわかっていますし、使い方によって危険を避けることは可能です。薬物や毒物の中には稀ですが排泄されずに、体内に蓄積される場合かあります。無機化合物でみられ、ヒ素化合物などはその典型です。

 薬が生体内でどんな変化を受けながら、作用してそして体外に排泄されるかを述べてきました。ではそれがどのように作用(効果と副作用)に関連するか、それに影響する生体側(ヒト)の因子もとりあげて次回にまとめることにします。

2006年02月 掲載
■テーマ
1. 薬に関する仕組み
2. 薬の作用効果と副作用
3. 薬の作用 投与経路と薬の生体内運命
4. 薬の作用 用量と効果、用量と毒性の関係
5. 一般用医薬品の選び方、使い方(1) 花粉症のくすり
6. 一般用医薬品の選び方、使い方(2) 乗物酔い防止薬
7. 一般用医薬品の選び方、使い方(3) 整腸薬
8. 一般用医薬品の選び方、使い方(4) 水虫の薬
9. 一般用医薬品の選び方、使い方(5) 虫さされ・虫よけの薬
10. ビタミン含有保健薬
11. 外用殺菌消毒薬
12. うがい薬
13. 解熱鎮痛薬
14. 小児用かぜ薬
15. 整腸薬と便秘薬
16. 胃の薬
17. 痔の薬
18. にきびの薬
19. 更年期障害の薬
20. 目薬(1) 目が赤くなったり、かゆい時
21. 目薬(2) 洗眼とドライアイ
22. 目薬(3) 一般点眼薬
23. うおのめ、いぼ、たこの薬
24. 口腔内殺菌薬
25. 口内炎の薬
26. 歯痛や歯槽膿漏の薬
27. 乾燥性皮膚用薬
28. 発毛・養毛薬
29. 高コレステロール薬
30. 催眠・催眠鎮静薬
31. 眠気防止薬