― 「くすり教育」によるセルフメディケーションの基盤づくり―
加藤哲太
認定NPO・SMAC理事
東京薬科大学薬学部 教授
薬学教育推進センター
東京都薬剤師会学校保健委員会委員
現代社会では、「セルフケアーとセルフメディケーション」、すなわち「自分で自身の健康の保持増進や疾病の予防に努め、さらには必要に応じて薬が適正に使用できる。」の重要性が広く提唱されています。その背景には、食生活の変化やストレスなどが関与するといわれているアレルギー性の疾患や生活習慣病の増加、さらには高齢化による疾患の増加などがあげられます。
セルフメディケーションは、「自己医療」と訳せますが、各自の判断だけで疾病の予防・治療を行うことはできません。保健・医療機関を有効利用することが必要であることは当然ですが、さらに、より良いセルフメディケーションの実現には、一般市民の「健康管理・医薬品への正しい知識の向上」が必須となります。私たちは、小・中・高等学校において、繰り返し医薬品に関する教育を行うことが、セルフメディケーションの基盤づくりのために必要と考え、活動を進めてきました。
社会状況の変化への対応については、中央教育審議会の「健やかな体を育む教育の在り方に関する専門部会」でも検討され、平成20年3月公示の中学校学習指導要領1)で、保健体育:保健分野において、「健康の保持増進や疾病の予防には、保健・医療機関を有効に利用することがあること。また、医薬品は、正しく使用すること。」が加えられました。
その内容は「医薬品には主作用と副作用があることを理解できるようにする。医薬品には、使用回数、使用時間、使用量などの使用法があり、正しく使用する必要があることについて理解できるようにする。」です。義務教育の中で、「くすり教育」が実施されることになりました。
高等学校学習指導要領では、以前から「くすりの正しい使い方」が入っていましたが、今回の改訂により、教育内容が1ランク上がり、「医薬品は、有効性や安全性が審査されており、販売には制限があること。疾病からの回復や悪化の防止には、医薬品を正しく使用することが有効であること。」となりました。
中学校では平成21年度からの先行実施を経て24年度全面実施、高校では21年度周知・徹底、22年度から先行実施、25年度から年次進行で実施となります。
医薬品は、諸刃の剣といわれるように、使い方を誤れば、効果が期待できなかったり、逆に副作用を引き起こしたりすることがあります。こうした医薬品の誤用をなくすとともに、医薬品に過度に依存したり、過度に避けたりすることなく、必要な医薬品を正しく有効利用することが大切なことを理解させることが必要となります。グループディスカッションが必要な場合も考えられますし、実験が必要な場合も考えられます。
日本学校保健会では、小・中・高等学校における「医薬品の正しい使い方」に関するパンフレットやそれらの指導者解説書を作成し配布するとともに、ホームページに掲載しています2)。また、日本くすり教育研究所ホームページ3)においても、小・中学校の教材を掲載しています。
日本学校保健会の教材において、小学生に教えたい内容として、
- くすりと「病気をなおす力」。
- くすりにはいろいろな形や使い方があります。
- くすりは「きまり」を守って使います。
- くすりを使う時の大切な約束。
を挙げています。
中学生用では、Q&A形式で、
- Q1:「薬」とは、何なのですか?
- Q2:「薬」は何のためにあるのですか?
- Q3:「薬」にはどのような種類があるのですか?
- Q4:「薬」の使い方には決まりがあるのですか?
- Q5:「薬」には、副作用があると聞きますがどのようなものなのですか?また、なぜ起こるのですか?
と問うています。これらについて、サンプル、模型の提示、実験などを加えて授業を進めます。
協働で「くすり教育」を行っている、小平市学校薬剤師会で行った生徒児童へのアンケート「もっと知りたいこと」から得られた内容は、「薬の種類はどれくらいありますか?」「薬はどうやって作りますか?」「薬の副作用について知りたい。」「薬の効き方が知りたい。」「カプセル剤や錠剤にどんな工夫がありますか?」「飲み合わせは危険ですか?」「体に良い薬、悪い薬がありますか?」「薬を多くのむと体の中で何が起こるのですか?」「薬を作った人、発見した人について知りたい。」など。薬についてこんなことを考える児童生徒が育っていったならば、質のいいセルフメディケーションは間違いなく広がるでしょう。
日本学校保健会の教材は、教員と薬剤師が協働で、医薬品について指導することを基本として構成されています。薬剤師が専門家の立場で授業に参画し、医薬品の正しい使い方について、指導・助言を行うことが望まれています。これまで薬剤師は、学校教育において、学校薬剤師として、保健衛生の向上に努めてきましたが、残念なことに、生徒、保護者から見える位置での活動はほとんどありませんでした。これを機会に、教育、授業の現場へ積極的に参画して「見える薬剤師」を目指してはいかがでしょう。
医薬品の専門家である薬剤師が参画することは、「くすり教育」において重要な意味を持つと考えています。こうした授業が実施されたならば、児童生徒は、医薬品の専門家から正しい医薬品の使い方について教育を受けることができるとともに、セルフメディケーションを支援する役割を担う薬剤師の職能を理解することができます。教員と薬剤師による「くすり教育」は、将来、信頼できる「かかりつけ薬剤師」のもとでセルフメディケーションが行われる、重要な基盤づくりになると考えます。
参考文献