セルフメディケーション・オピニオン

「私から見たセルフメディケーション」
セルフメディケーションを科学する:近未来のセルフメディケーション(Perspective)

懸川友人先生

懸川友人

認定NPO・SMAC 理事
城西国際大学薬学部 教授
薬剤師

 今日、自身の不調、異常を感じたとき、セルフメディケーションを行うか医者にかかるかどうかは、まさに自己判断です。その日の気分、五感による異常と自身の忙しさなどの都合を天秤にかけ、さらには、体温や血圧等を測った値を見て、自身の経験と考え併せて行動を決めます。この点からすればセルフメディケーションは、個人の要望、都合に合わせた医療、まさにオーダーメイドの医療と言えるのです。

 SAMCがこの10年以上、セルフメディケーションの推進を掲げ活動してきた間に、世界の医薬品売り上げベスト 35の半数ほどはゲノムの情報基づくによる「分子標的薬」と呼ばれ、切れ味の鋭い最新の医薬品が占めるようになって来ました1)。更にこれらの「分子標的薬」の誕生を支える、ヒトをはじめとする生命を形成する源となる遺伝子=ゲノムの情報とエピジェネシス(後成説)の概念に基づくエピジェネティクスの学問領域は、まさに日進月歩の勢いです。エピジェネティクスとは平たく言えば、一卵性の双子に生じる体質や体調の差つまり、生まれ後、主に生活環境や習慣により二人の間に生じた体質や体調の違いの原因を、遺伝子の働き方と結び付けて説明しようとする学問です。このように、個人の遺伝子情報の相違と働き方の相違により、医薬品の使われ方が異なるケースが出てきました。

世界の大型医薬品売上げ高ランキング2012

 セルフメディケーションが社会に浸透しない背景には、いわれのない「うさん臭さ」があるのではないでしょうか。「分子標的薬」は最先端技術の結晶で、また保健医療は国が行っていることでもあります。更に医療用医薬品や機器ではすでに使用している医薬品・機器に対してデータの精度を高めるため、コホート研究などの取組があります。OTC等では同等の研究が不可能に近い状態です。このことによってOTCや漢方薬、化粧品の使用に際して実はそれらもすべて最先端技術の結晶の産物であるのにも関わらず、この「うさん臭さ」はついて回り、保健医療の代替とか医療費削減のためと言うのはこのマイナスイメージを助長しているとも考えられます。この考え方が正しいとすれば、「セルフメディケーションを科学する」ことでこのマイナスイメージ払いのけられる可能性が有るということなのです。

生活習慣病の診断で科学を実感する

  • まずはSMACが現在推進している、(自覚のない)生活習慣病の状態を自己診断できるようになることが大切です。SMACでは自己穿刺採血による血糖値およびHba1cの測定を推進する取り組みを行っています。これは医師の替わりに糖尿病を治療するということではありません。最大のポイントは自覚できない生活習慣病の症状を早期発見して頂き、医療機関を受診して頂きたいということです。症状が自覚できない、軽度なあるいは、予備軍と呼ばれる状態のうちに生活改善や軽度の治療に結び付け、QOLの低下を防ぎたいということです。
  • セルフメディケーションの範疇ではありませんが「隠れ脳梗塞」という神経系の自覚が現れない程度の脳梗塞を高確率で診断できる、「アクロレイン」検査を取り入れる医療機関が最近増えています。
  • 自身が薬に対して過敏であるか否かを調べるのに、現在行われているのは個人の遺伝子上のSNPs(一塩基多型)検査があり、個人で申し込むことも可能です。他の体質の可能性を調べるサービスも展開されています。
などなど、セルフメディケーションに応用すべき様々なサービスが存在します。

自分自身の正しい情報を得る技術

 自身の体調を五感に頼る危うさは、いわゆるサイレントキラーと呼ばれる肝臓などの疾病があることからも明らかです。
 米人気女優のアンジェリーナ・ジョリーさんが、乳がんのリスクを高める遺伝子の変異が見つかったため、予防措置として両乳房を切除する手術を受けた2)というニュースは、賛否両論飛び交いいろいろな面で考えさせられました。この変異を調べる検査はSNPs解析と呼ばれ、ヒト同士であれば大体1000塩基に一箇所は異なる可能性があるとされています。ジョリーさんの場合、手術により危険率は90%から5%へ低下したということです。
 現在、SNPs解析によるゲノム情報を数万円程度で提供するサービスが行われています。
 SNPsの情報だけではありません、個人のゲノムすべて(30億塩基)も$1000程度で受託するサービスが数年後に始まるとも言われています。血液や生体の一部を利用した物理的(機器)検査データ、生化学的データ解析も多様化しています。これらは現在医療機関を介して利用できますが、今後利用者が増えれば一般化や低価格化は更に進むと予想されます。
 自身の状態を知る究極の情報は“メタボローム解析データ”から得られます。メタボロームとは、ヒトの代謝を全て測り知るという技術です。しかし現在のところ、画期的な技術面、コスト面でのブレイクスルーが無い限り、実効性のない概念にすぎません。メタボローム解析より実用性が高いのは、ゲノムワイドの遺伝子発現解析技術によるトランスクリプトーム解析やトランスレートーム解析3)です。いずれにしてもバイオインフォマティクスの一般社会への浸透により、ゲノム情報などを利用できるようになり、その適正使用のため、薬剤師・登録販売者が助言を求められる場面がそう遠くない未来にやって来るのです。

今後の課題;基礎科学への期待

 中毒、副作用は、OTCでも起こり得るし、最近ではセルフケアや香粧品でも大規模な副作用と思われる案件が起きたのは記憶に新しいところです。これらも自覚症状が現れない状態で進行し、また症状が現れても使用しているOTCや香粧品となかなか結び付けて考えることが自身の経験だけに頼ると難しいものです。
 マッサージや有酸素運動などOTCに依らないセルフケアについて、エピジェネティクスの学問領域で有効性が調べられています。「笑い」によって脳の血流が増し、神経活動や遺伝子の発現に変化が生じたというニュースが流れたこともありました。この分野は研究者に情報開示の面で奮起して頂きたい分野です。
 「適正使用」のアナウンスだけでは、セルフメディケーションの利用向上や、副作用を減らせない壁があるのは事実なのです。自戒を含めて科学は次のステップを提示してほしいところです。

参考引用
1)世界の大型医薬品売上げ高ランキング2012 セジデム・ストラテジックデータ株式会社ユート・ブレーン事業部 より改変
http://www.utobrain.co.jp/news/20130724.shtml
2)【ニューヨーク共同】米人気女優で国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)特使を務めるアンジェリーナ・ジョリーさん(37)が、乳がんのリスクを高める遺伝子の変異が見つかったため、予防措置として両乳房を切除する手術を受けた。14日付米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿文で告白した。
 寄稿文によると、医師から「乳がんになる可能性が87%」と説明され、治療を決断。母親ががんで約10年間、闘病生活を送り、56歳で他界したことも影響したという。
 2月に切除し、約2カ月後に乳房の再建手術を受けた。パートナーで米人気俳優のブラッド・ピットさん(49)が治療に付き添った。
2013/05/14 22:26 【共同通信】
3)T. Tebaldi, E. Dassi, G. Kostoska, G. Viero, I. A. Quattrone, “tRanslatome: an R/Bioconductor package to portray translational control” Bioinformatics, vol. 30, no. 2, pp. 289-291, 2014.

*バイオインフォマティクス(bioinformatics):膨大な量の蓄積された生物学的データ(in vivo & in vitro)に対してコンピュータ(in silico)による統計学的解析を網羅的に行い、法則性・規則性を見出すこと。或はあらかじめ指定した法則性・規則性で蓄積された生物学的データを検索し、有意なデータを抽出すること。

このコーナーのトップへ
トップページへ

2014年04月 更新