セルフメディケーション・オピニオン

「私から見たセルフメディケーション」
―運動・身体活動とセルフメディケーション―

菅野 隆先生

菅野 隆

認定NPO・SMAC 理事
(株)健康創研 代表取締役
健康運動指導士

 私はこの20余年間、企業や自治体、クリニック等の現場での健康運動指導を仕事とし、様々な健康問題を抱えた方に運動指導をさせていただいてきましたが、この間に、社会の中での「健康運動の位置づけ、基準、対象」は大きく変化しました。その経験から、アカデミックな場とは異なった視点で大変僭越ではありますが、「健康運動とセルフメディケーション」への私見を述べさせていただきます。

「健康運動」の社会的位置づけと変化
 最初に、この30年の「健康運動」への社会的位置づけや基準の変化を以下に簡単にまとめ、確認したいと思います。

(1)健康運動の位置づけ、基準の変遷
  • 30年程前までは「運動」といえばほぼ「スポーツ」を意味し、「高い体力、競技能力」が善とされ、生活習慣病予防や改善の方法としては一般的に認知されていなかった。
  • 20年程前まではジョギングのような「ややきつい」と感じる運動強度でなければ健康増進効果はなく、散歩程度では効果なしと認識されていた。
  • 10年程前までは「高齢者にも介護予防の為に運動が必要」などとは一般の殆どの人は思ってもおらず、疾病や傷害を有する人は運動指導の対象ではなかった。
(2)現在の健康運動の基準、位置づけ
  • ウォーキングの励行や身体活動を増やすだけでも十分健康増進効果がある。
  • 筋力トレーニングもスローで行えば「やや楽」程度の軽い負荷でも筋力増強効果がある。
  • 簡単なストレッチを励行するだけでも動脈硬化の予防・改善効果があり、血管が10歳若返る。(※国立健康・栄養研究所 コラーゲンの糖化抑制と一酸化窒素放出促進)
  • 体を積極的に動かすことで、メタボリックシンドロームはもとより、介護につながる認知症(有酸素運動、デュアルタスク等に予防効果)、骨粗鬆症や膝腰の関節疾患に象徴されるロコモティブシンドローム、更には、うつなどの精神疾患の予防・改善にも効果があり、高齢者の介護二次予防ではがんを含むあらゆる既往歴のある方が運動指導の対象となっている。

 以上から、健康運動の認知、啓発の歴史はまだこの30年程に過ぎず、急激な健康情勢と社会構造の変化に伴い、より切実なニーズとして急速に拡大し、基準も大きく変化し、緩和されてきたといえますが、多くの人がまだこれらの変化に適応できておらず、情報や現実を認知していないか、もしくは情報、頭では分かっていても実践レベルまでには落としこめていない現実があり、これらの情報を社会に発信し啓発することも、SMACの使命の一つであると考えます。

「健康運動」への意味づけを変える

 次に具体的にどのようにすれば、もっと運動・身体活動の実践を国民的に促進し、セルフメディケーションの概念を普及できるのか、「意味づけを変える」視点で私見を述べたいと思います。

  • 運動、身体活動そのものを、「より快適に暮らす為の心身の基本メンテナンス」と意味づけ、体を動かすこと自体が気持ち良く、爽快だと捉えた意味づけを広める。
  • 運動、身体活動の実践を、病気や介護への不安や恐れをモチベーションとするのではな く、自らの心身の活力を高め、より高いパフォーマンスを出力し、よりいきいきと生活を楽しむ為、という、プラスの感情を伴ったモチベーションとして働きかける。
  • 方法的、量的、強度的指標のみならず、運動や身体活動を行うことで、自分にしか感じられない自分の世界である「身体感覚」が実際にどのように変わり、どのように感じられるようになるのかを体感を伴った方法で提示し、「しなければならない」から「したい」に変える。

学校体育カリキュラムに「健康運動」を取り入れる

 生涯に渡る積極的な身体活動実践の習慣の形成に関しても、早い時期に行うことが有効であることは言うまでもありません。現行の小・中・高の学校保健体育の指導要領は成長期の健全な心身育成を目的に、スポーツ、競技メインのカリキュラムになっていると思いますが、それとは分けて別に、生涯に渡り健康の為に継続実践できる身体活動(運動)の実践方法、自身の身体のメンテナンス方法、心身の活力・機能向上といった健康増進、疾病予防といった側面からのカリキュラムをスポーツ・競技と分けて別に組み入れたものに改訂することが将来の普及に有効ではないかと考えます。その際、保健体育のその管轄を文部科学省から、そこだけ厚生労働省に変えるということもありなのではないかとも思います。また、生涯に渡る主体的継続実践の為には、学校体育において、運動や身体活動に対する、「苦手意識」や「コンプレックス」、「きつい、苦しい」等のネガティブイメージを刷り込まない指導、評価方法等も合わせて創意工夫する必要があるとも考えます。

まとめ

 学生時代の「高血圧の運動療法」研究からスタートし、今まで様々な健康運動を研究してきましたが、現時点での結論は、「シンプルで簡単にできることでなければ続かない」(※フィットネスクラブに通ったり、自ら定期的に実践できる方以外は)、「枠に捉われないで工夫した方が効果的」、だということです。まだまだ「自身の健康」に対して依存的な人が多いと感じますが、SMACで様々な分野の先生方にご指導頂き、「セルフメディケーション」のコンセプトとその重要要素である身体活動の効果的継続実践方法を広めていくことは大変意義のあることだと感じています。

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2014年11月 更新